テイトメー 死後の恋/夢野久作

あらすじ

 浦塩の通りで、コルニコフというロシア人に声をかけられ、彼の「死後の恋」の話を聞いて肯定してくれれば、全財産を譲り酒で死のうと思っている、と告げられる。
 コルニコフは出兵中にリヤトニコフという兵卒と仲睦まじくなった。リヤトニコフは彼を厩(うまや)へ連れて宝石を見せた。そして自分が王族であることを明かし、家族が殺されたと吐露した。コルニコフは厄介事に巻き込まれたくはなかったため適当にあしらった。
 後日、行軍の最中に彼らの隊は敵の攻撃に見舞われる。コルニコフは負傷し、仲間たちは森へと逃げていった。攻撃がいつしかやんだが、彼はなぜか森のなかへと向かった。そこでは仲間が惨劇的に殺されていた。振り返った彼の目に、裸で死んたリヤトニコフの姿が映る。リヤトニコフは女だった。弾丸の代わりに宝石を打たれたらしく、彼女の下腹部には宝石が血にまみれて埋まっていた。
 コルニコフは云う。彼女は自分に恋をしていて、宝石は結婚資金だったんだろうと……




テイトメー

 「死後の恋」というタイトルから、コルニコフが誰かに恋するものと勝手に想像していたために、リヤトニコフ=女という図式にまったく気づけずに驚かされた。使い古された技巧を使いこなす術を、夢野ちゃんは心得ているようです。任天堂で活躍された横井軍平さんの「枯れた技術の水平思考」ではないけれど、技術を生かすも殺すも使う人間次第であるとは改めて気づかされました。
 しかし若干の「それでいいのか?」という疑問は残りましたね。コルニコフの「リヤトニコフが死んだ後も私に恋をしている」という考えはあくまでコルニコフのいち見解であって、真実であるかはわからないのであるからです。
 とはいえ、リヤトニコフの死の無念、それでも宝石だけは盗んできたコルニコフの愚かさ、そして話をしても誰にも理解されないコルニコフの哀れ……。一読でいくつもの感情が見え、感じることのできる作品でした。

 始めは日本でロシア人が日本人に語りかけている2人称視点の小説かと思いましたが、浦塩(うらじお)という地名で「あ、ウラジオストックか」とロシアが舞台であることに気づきました。

 この話は、けっこうまとめづらい。まずロシア人ということで「コルニコフ」と「リヤトニコフ」という似通った名前で区別がつきにくいという点。そして主人公コルニコフの宝石がらみの感情という点。そしてリヤトニコフの死の描写という、この3点が端的には表現しづらかった。
 まずロシア人の名前に関しては、僕らはロシアにさほど知識がないので、名前を聞いただけでは男女の区別すらわからない。これはおそらくこのブログを見て下さってる方もそうだと思うが、それ以上に僕はロシアのことを知らない。さらにはロシアの王族がらみの話へと展開させられるため、そういった知識も要求される。本作は「ああッ…… アナスタシヤ内親王伝家……」とあるが、これが厳密になにを指すのかが僕にはわからなんだ。自分がわからないことを他人に伝えることほど難しいことはない。だから上述のあらすじでは、完全にすっとばしてやった(キリッ)。
 次に主人公コルニコフの宝石がらみの感情であるが、コルニコフは宝石好きでありながら、リヤトニコフの王族うんたらの厄介事には巻き込まれたくないと思っていた。これを正確に表記すると、けっこう煩雑になるのである。さらには行軍中の攻撃で仲間とはぐれた後、主人公コルニコフが森のなかへ向かうのであるが、ここで地理がうまく把握できずに物語の流れが了解できなかった。しかもコルニコフが森へと向かう理由も明確でなく、「リヤトニコフが死んでいれば宝石が手に入るかも」という動機へ安直に繋げていいかもハッキリしなかった。とどのつまり、ややこしかったということ。
 そしてリヤトニコフの死の描写だが、「実は女でした〜、テヘッ☆」っていうのは昔からよくあるし、端的に表現するのも難しくはなかったけれども、宝石がリヤトニコフの下腹に猟銃で撃ち込まれていたってのが短くしづらかった。空砲にして銃弾の代わりに宝石を込めて、いわば「宝石の弾丸」をリヤトニコフに撃ち込んだらしいが、ひょっとしたらコレは明喩かもしれないと思ってしまったのだ。明喩とは直喩とも呼ばれ、対義語に暗喩(隠喩・メタファ)がある。暗喩が「〜みたい」とか「〜のようだ」と云うのに対して、明喩ではそういった定型の表現を用いない。たとえば「あいつは政府の犬だ」と断言しきったとしても、本当に犬という種であるわけではなく、あくまで比喩として「政府に飼われている」と蔑んでいるわけである。だから宝石を体に猟銃で撃ち込む、という非現実的な方法を「明喩か!?」と躊躇させたわけである。この猟銃云々の直前には、「強制的の結婚」という表現があり、おそらく女であるリヤトニコフが凌辱されたと見られる箇所がある。ここが明喩であるだけに、後に続く猟銃の部分も明喩かもしれないと思った次第なのです。それに敵軍は宝石を撃ち込むだけで盗まなかったらしいのも変だし。
 この3点が、あらすじにまとめる上で困難な箇所だった。ちなみに「あらすじにまとめる」というのは、立派な小説の技巧訓練です。