凍らない水

「――安定した状況で冷やされた水は、凝固点より温度が低くなっても凍ることがありません。これが『過冷却』です」
テレビから流れる声と映像に見入る。研究職を諦めて親父の跡を継いだ俺は、こういった知的番組がヒドく好きだ。
ワシントンのこの田舎に暮らし続けるのは、都会に憧れていた俺にとって苦痛以外のなにものでもなかった。
諦めることを知ってしまい、それからはなにごとにも無感動で適当に生き、そして怠惰に結婚した。
この「サイエンス・オーヴァー・アワーズ」に出会わなければ、自殺でもしていたかもしれない。
「この過冷却の状態からなにか衝撃を与えれば、たちまちに凍り始めてしまいます。
しかし刺激がなければ……そう、それは凍らない水になるのです」
「ネエ、まだなの?」
背後から声がかかる。妻のイライザだ。「早くダンスのレッスンに行きたいのよ。ずっと待ってるのよ」
俺は無視をした。俺がこの番組を無視できないことは、イライザもダンス教室のジャクソンとの愛より深く知っているだろう。
「水を熱した場合も同じようなことが起こります」
「ネエ」少し声が近づく。耳障りだ。左手で額を押さえて軽く溜息をつき、右手は座っているソファーとクッションの間へ滑らせる。
「安定した状況で熱し続けた水は沸騰しません。しかしそこに刺激が加わると――」
「ネエ、聞いてるの!?」
右肩にイライザのぶ厚い手が強く押し当てられる。股下から右手を抜き、そのままイライザを撃ち抜く。
テレビのなかでは212°Fを越えたお湯がいきなり沸騰していた。背後では倒れる音が聞こえた。
「このように突沸するのです。人間と一緒ですね」
俺の頭のなかでは、ジャクソンの言葉がよみがえってる。「愛ってのは突然、燃え上がるものなのさ」
腹が震え、気づけば笑っていた。止まらない。口から声がもれる。
おかしな話だ。俺たちの愛なんて、とっくに凍りついてるってのに。なあ、イライザ。









よくわからんお題スレにて、お題はタイトル。

レスは以下。

252 名無し物書き@推敲中?  sage 2008/06/16(月) 00:36:17
感想だけ残しときます。

「凍らない水」
>ワシントンのこの田舎に暮らし続けるのは、都会に憧れていた俺にとって苦痛以外のなにものでもなかった。
"この田舎"の『この』が邪魔。表記する場所を変えるか、削除した方がいいと思う。
>右手は座っているソファーとクッションの間へ〜
座っているソファーのクッションとの間へ〜の方がいいと思った。
お題を過冷却と突沸に置き換えてしっかり消化してたと思う。夢を叶えられなかった男の絶望と崩壊が、一シーンの中に現れてた。
ただ情景とか人物像だとか、具体的には拳銃をどのように発砲したのかとか、わかりにくいところがあったのが残念。
最後の主人公がどんな様子なのかだけでも分かるような描写がほしかった。